仕様を書いてからコードを書け。AWS Kiroが「バイブコーディングの弱点」を正面から潰しにきた
仕様を書いてからコードを書け。AWS Kiroがバイブコーディングの弱点を正面から潰しにきた
バイブコーディングに足りなかったのは「書く前の5分」だった
先週まで4本の記事を書いた。テーマはバイブコーディングのセキュリティだ。
Moltbookの150万APIキー流出を掘り下げた。Cursor CEOの「脆い基盤」発言を追った。Forrester(フォレスター)の3原則で答え合わせをした。「ノリから統制へ」の転換点も整理した。
書きながらずっと感じていた。問題はセキュリティだけじゃない。品質そのものが不安定なのだ。
Cursorを開く。「こういう機能を作りたい」と打ち込む。動くものが出てくる。楽しい。
ただ翌週に見返すと、設計の意図がわからない。テストが通らない。仕様変更にも対応できない。
「動いた」と「使える」の間に大きな溝がある。
この溝の正体を、あるデータが教えてくれた。Stack Overflowの2024年調査が示した数字だ。AIコーディングツール利用者の63%が、デバッグに「想定以上の時間」を費やしていると回答している。速く書けても、直すのに時間がかかる。ここがバイブコーディングのアキレス腱だ。
AWSが作ったKiro(キロ)というIDEがある。この溝を正面から埋めにきたツールだ。
発想はシンプルだった。コードを書く前に仕様を書け。たったこれだけで品質問題が構造的に変わる。
元・挫折エンジニアの私が、Kiroの仕様駆動開発を整理する。
AWS Kiroとは何か。「構造が先、コードは後」のIDE

KiroはAWSが開発したAI搭載のコードエディタだ。VS Code(Visual Studio Code)をベースに作られている。
見た目はCursorに似ている。ただし設計思想がまるで違う。
Cursorは速度が武器だ。書きながらAIが逐次補完する。
Claude Codeは自律性が武器になる。リポジトリ全体を理解して変更を提案する。
Kiroの武器は構造にある。コードを1行も書く前に、3つのドキュメントを自動生成する仕組みだ。
1つ目が**requirements.md(要件)**だ。何を作るのかを定義する。ユーザーストーリーと受け入れ基準を記述する。
2つ目がdesign.md(設計)。どう作るのかを決める。技術設計やDBスキーマ、シーケンス図が含まれる。
3つ目がtasks.md(タスク)。実装の手順書だ。チェックリスト形式で1つずつ消化していく。
「こういうアプリを作りたい」と自然言語で伝える。Kiroが3ファイルを生成する。中身を確認してOKを出す。その後で実装に進む。
この手法を**Spec-Driven Development(仕様駆動開発)**と呼ぶ。
2025年7月にプレビューが公開された。同年11月にGA(一般提供)が始まっている。
公式サイトによると、プレビューだけで25万人以上が利用した。
料金は無料プラン(月50クレジット)からスタートできる。Proは月$20で1,000クレジット。Pro+は月$40で2,000クレジットだ。
無料枠で十分に試せる。試すハードルは低い。
ここで大事なポイントがある。Kiroは「AIがコードを書くツール」ではない。**「AIが設計を書くツール」**と理解したほうが正確だ。コードは設計の結果として出てくる。この順序の違いが品質に直結する。
Kiroには「ステアリングフック(Steering Hook)」と呼ばれる仕組みもある。実装フェーズでコードが仕様から逸脱しそうになると、requirements.mdを参照して軌道修正を促す。仕様が「生きたドキュメント」として実装全体を監視し続ける構造だ。
EARS記法。ジェットエンジンの安全基準がバイブコーディングに降りてきた
Kiroの要件定義にはEARS記法が使われている。正式名称はEasy Approach to Requirements Syntax(イージー・アプローチ・トゥ・リクワイアメンツ・シンタックス)。読み方は「イアーズ」。
この記法が生まれた場所が面白い。Rolls-Royce(ロールスロイス)のジェットエンジン部門だ。
2009年にAlistair Mavin(アリスター・マービン)らが開発した。ジェットエンジンの耐空性規則を記述する手法だ。「この条件でエンジンはこう動く」を曖昧さなく書く。そのために生まれた構文である。
基本形はこうなる。
# EARS記法の基本形
# While(前提条件)+ When(トリガー)+ shall(システム応答)
WHEN a user submits a contact form with valid data
THE SYSTEM SHALL send confirmation email within 5 minutes
AND display success message
5つのパターンがある。
- Ubiquitous(普遍): 常に適用される要件。「全リクエストをログ記録」
- Event-driven(イベント駆動): 特定イベント発生時。「ログインでセッション生成」
- State-driven(状態駆動): 特定の状態にある間。「メンテナンス中は書き込み拒否」
- Unwanted behavior(非期待動作): エラー時の対処。「認証3回失敗でロック」
- Optional feature(オプション): 条件付き機能。「プレミアムならCSVエクスポート」
EARS公式サイトによると、Airbus(エアバス)、NASA、Bosch(ボッシュ)、Intel(インテル)が採用している。航空宇宙・自動車・半導体の現場で検証済みだ。
なぜこれがバイブコーディングに効くのか。具体例で示す。
EARS記法なしのプロンプト: 「ログイン画面を作って」
EARS記法ありの要件:
WHEN a user attempts to log in
THE SYSTEM SHALL validate email and password format
IF the credentials are incorrect 3 consecutive times
THE SYSTEM SHALL lock the account for 30 minutes
AND send a security notification to the registered email
上の「ログイン画面を作って」というプロンプトで何が未定義かわかるか。ロックアウトの条件、通知の有無、ロック時間、回復方法。全部が未定義だ。AIはプロンプトに書かれていないことは書いてくれない。
EARS記法の「非期待動作」パターンを使うだけで、エラーケースが自然に洗い出される。「3回失敗したらどうなるか」は意識しないと書き忘れる。でも「IF the credentials are incorrect…」という型があれば、そこに填める形で考えられる。
ジェットエンジンの安全基準がAIコーディングの品質管理に降りてきた。この「降りてきた」感覚が、個人的に一番興奮するポイントだった。
「数ヶ月→3週間」。製薬AI事例が示したKiroの実力
理論だけでは説得力が足りない。Kiroで実際に何が起きたか。2つの事例を紹介する。
1つ目は製薬AI事例だ。AWS Industries Blogに掲載されている。
3人の開発者が3週間で、本番対応の創薬エージェントを構築した。
扱うデータが膨大だ。PubMed(パブメド)やChEMBL(ケムビーエル)など30以上のバイオメディカルDBがある。PubMedだけで年間約150万件の論文が追加される。
この膨大なデータを横断統合する。治療ターゲットを特定し、エビデンスに基づく推奨を出すシステムだ。従来なら数ヶ月かかる規模のプロジェクトである。
3週間で完成した鍵はrequirements.mdにある。「どのDBから何を取得するか」を先に定義した。「エビデンスの信頼度評価方法」も明記した。「推奨の出力形式」も決めた。すべて実装前の段階でだ。
コードを書く前に仕様が固まっている。だから3人でも迷わず手を動かせた。
2つ目はRackspace Technology(ラックスペーステクノロジー)の事例だ。こちらはさらに劇的だ。見積もり52週間の作業を3週間で完了した。90%の効率向上と報告されている。
私が注目したいのは速度だけではない。仕様が先に存在するから、完成品を仕様と照合できる。「動いたけど正しいかわからない」。この不安が構造的になくなる。
前職でCSをやっていた経験から言わせてほしい。「要件が曖昧なまま開発が走る」のは炎上の典型パターンだ。AIが書く時代でも、この原則は変わらない。
Kiro × Cursor × Claude Code。3つの思想を整理する

「Kiroが最強」と言いたいわけではない。3つのツールは、解いている問題が違うのだ。
Cursorの設計思想は「速さ」にある。Sub-200ミリ秒のタブ補完で手が止まらない。バグ修正やリファクタリング、小規模プロトタイプが得意だ。速度が命のシーンで替えが利かない。
Claude Codeの強みは「自律性」だ。ターミナルから動き、Gitワークフローに乗る。大規模リポジトリの修正に強い。複数ファイルにまたがる変更が得意だ。
Kiroの信条は「構造が先」だ。新規プロジェクトの立ち上げに合う。要件→タスクのトレーサビリティがある。チーム開発や監査が必要な場面で力を発揮する。
使い分けの目安はこうなる。
- プロトタイプを速く → Cursor
- 既存コードを大きく変えたい → Claude Code
- 新規を品質込みで立ち上げたい → Kiro
私は3つとも併用している。初期設計はKiro。日々の修正はCursor。大規模リファクタリングはClaude Codeだ。
たとえば業務ツールを新しく作る場合。まずKiroでrequirements.mdを生成する。設計が固まったら、日常的な機能追加はCursorで回す。3ヶ月後に大規模な構造変更が必要になったらClaude Codeに任せる。
「どれが上か」ではない。「何を解決したいか」で選ぶ。ツールの選択肢が増えること自体が進歩だ。
試してわかった「仕様を先に書く」の実感
理論と事例の次は、私自身の体験を話す。Kiroの無料プランで業務ツールの設計を試した。
作りたかったのはSlackフィードバック自動分類ツールだ。特定チャンネルの投稿をカテゴリ別にスプレッドシートへ転記する。以前Cursorで作りかけて放置していた。
Cursorで挫折した理由は「分類の基準」で迷ったことだ。バグ報告と機能要望をどう分けるか。信頼度が低い分類はどう扱うか。考え始めると手が止まった。
KiroにSlackフィードバック分類ツールの要件を入力した。
生成されたrequirements.mdに驚いた。
# requirements.md(Kiroが自動生成した要件の一部)
# EARS記法でアクセプタンスクライテリアが定義されている
## ユーザーストーリー1: フィードバック自動分類
WHEN a message is posted in the designated Slack channel
THE SYSTEM SHALL classify the message into one of:
- bug_report
- feature_request
- praise
- question
AND store the classification with confidence score
## 非期待動作
IF the classification confidence is below 0.7
THE SYSTEM SHALL flag the message for manual review
AND notify the admin channel
「信頼度0.7未満なら手動レビューに回す」。この要件はCursorで作った時に思いつかなかった。EARS記法の「非期待動作」パターンが、エラーケースを洗い出してくれたのだ。
さらにdesign.mdも生成された。Slack API→分類エンジン→Google Sheets APIの接続設計が書かれている。tasks.mdには12個の実装タスクがチェックリスト形式で並んだ。
コードを書く前に全体像が見える。Cursorの「とりあえず動かす」とは質が違う安心感だ。
実際に実装を進めると、その安心感の正体がわかった。「次に何をすべきか」に迷う時間がゼロだった。tasks.mdの1番から順番に消化するだけでいい。Cursorでコードを書いている時も、「いまrequirements.mdの何を実装しているか」が常に明確だった。
正直に書くと、仕様生成には1回10〜15秒かかる。即座の補完に慣れていると少しもどかしい。
ただ15秒で得られる設計精度を考えてほしい。私がCursorで「分類の基準どうしよう」と30分迷っていた問題が、requirements.md生成の15秒で解決した。
「とりあえず動くもん作ろう」が私の哲学だ。これは変わっていない。変わったのは「動かす前に5分だけ仕様を確認する」手順が加わったこと。たった5分で、後の修正3時間を節約できる。
バイブコーディングの品質問題は「ツール」ではなく「順序」だった
ここまでの話を整理する。
品質が安定しない原因はツールの性能不足ではなかった。仕様を定義するステップが抜けていた。それだけの話だ。
Kiroが証明したのは「順序の逆転」の効果である。
- 製薬AI: 数ヶ月→3週間。requirements.mdで先に要件を固めた
- Rackspace: 52週→3週間。仕様駆動で90%効率向上
- EARS記法: ジェットエンジン安全基準由来の手法がAIコーディングの品質管理に使える
- 25万人以上が利用: 無料プランから始められる
三部作でセキュリティの問題を追いかけた。第4弾で「ノリから統制へ」の転換を書いた。今回の結論はさらにその先だ。
統制の正体は「仕様を先に書く」だった。
まず1回だけやってみてほしいこと
Kiroを試す時は、大きなプロジェクトから始めなくていい。次の手順で体験できる。
- kiro.dev の無料プランに登録する
- 普段Cursorで「作りたいけど後回しにしている」ツールを1つ思い浮かべる
- Kiroに「〇〇を作りたい。まずrequirements.mdを生成して」と入力する
- 生成された要件を読む。「これ考えてなかった」という項目を探す
4番でひとつでも「これ考えてなかった」が出てくれば、Kiroの価値は証明される。仕様書を読んで「そうか、ここまで決める必要があったのか」と気づく体験こそが、バイブコーディングの次のステージへの入口だ。
セキュリティを意識した。統制の重要性を理解した。そして仕様を先に書く習慣をつける。この3ステップで、バイブコーディングは「遊び」から「武器」に変わる。
かつてプロのエンジニアと仕事をした時を思い出す。彼らが最初にやっていたのは要件定義だった。コードを書くのは最後だった。
あの頃、自分にはその「最初の設計」ができなかった。技術力が足りないと思っていた。
Kiroはその設計をAIがやってくれるツールだ。
凄腕エンジニアが自分に宿る体験をCursorで感じた。Claude Codeで確信が深まった。Kiroで加わったのは「設計する力」だ。
書ける。直せる。そして設計できる。バイブコーディングが次のステージに入った。
もし今バイブコーディングに不安を感じている人がいるなら、「ツールを変える」のではなく「順序を変える」ことを試してほしい。仕様を先に書く。たったそれだけで体験が変わる。
kiro.devの無料プランで、まずrequirements.mdを1回だけ生成してみてほしい。同じような壁を感じている人に、この体験を届けたい。

正直、一度エンジニアは諦めました。新卒で入った開発会社でバケモノみたいに優秀な人たちに囲まれて、「あ、私はこっち側じゃないな」って悟ったんです。その後はカスタマーサクセスに転向して10年。でもCursorとClaude Codeに出会って、全部変わりました。完璧なコードじゃなくていい。自分の仕事を自分で楽にするコードが書ければ、それでいいんですよ。週末はサウナで整いながら次に作るツールのこと考えてます。


